〈海に沈む〉試し読み

   見慣れた景色と言えば、ぽつりぽつりと顔を出した山々と、それらより僅かに背の高い富士、彼の山の青はその殆どが沈んだ現代でも、海より空に近かった。その他は、四方八方見渡す限りの大海原、唯一つ。晴れの日は星を纏めて散らしたかのように輝き、風の日は白い波が線となったかと思うと、寄せては失せ、寄せては失せを繰り返す。雲が浮かべば、そこの真下のみ黒々と、底なしの恐ろしさに目をそむけ、雨の日には雨粒以上に猛り狂う様に怯え慄く。しかし、鮮やかな夕焼けの時だけは、全てを忘れて見惚れるに限る。少し、沈んだことが惜しいように思えてきた。